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第5話 ほしかったモノ②

last update 最終更新日: 2025-06-02 18:13:41

 あゆは苦しそうに顔を歪め、息を吐き出す。

「おまえを、助けたいんだっ」

 意外な発言に、ゆりあは眉を寄せる。

「は? 何言ってんの? 別に助けてなんて頼んでないし。

 あー、あんたあれ? 悪魔と契約した私を助けにきた正義のヒーローにでもなったつもり?

 余計なお世話よ、馬鹿じゃない?」

 ゆりあは可笑しそうにクスクスと笑う。

「悪魔と契約して、後悔してるんじゃないか?」

 あゆの言葉に、ゆりあの心臓がドクンと音を立てた。

「後悔なんてするわけないじゃない! 私がずっと欲しかったモノが手に入ったんだもの。私は満足してるわ! 今幸せよ!」

 必死に叫ぶゆりあ、その姿は必死に動揺を隠しているように見えた。

 あゆは静かに問いかける。

「欲しかったモノは、手に入ったのか?

 おまえは、そんな外見が本当に手に入れたかったのか?

 おまえが本当に手に入れたかったのは……」

 そのとき、あゆの背後に黒い影が現れた。

「なにっ」

 あゆが振り向く前に背中に攻撃を食らう。

 あゆは血を吐いて倒れかけたが、なんとか踏ん張り、次に備えて身構えた。

「まあ、頑丈だこと。さすが、私たちに歯向かうだけのことはある」

 そこには、美しい女性の姿を模した悪魔が、不敵な笑みを浮かべあゆを見下ろしていた。

 とても美しく妖艶な女性。

 青白く艶やかな肌、色っぽい目と口。異様な色気を放つその悪魔は、嬉しそうにニヤッと笑った。

 あゆはすぐに悪魔だとわかった。

 その者が持つ気が、その証拠だ。明らかに人間とは違う妖気を放っている。

「くそっ、魔族のご登場かよ、面倒だな」

 口に溜まった血を吐き捨て、あゆは悪魔を睨みつける。

「やめてくれる? せっかく取り込んだ人間を誘惑するの。……目障りなのよ」

 そう言うと、いくつもの鋭い棘が悪魔から放たれた。

 あゆはそれを剣で弾き返していく。

 弾ききれなかった棘があゆを傷つけていった。

「くそっ!」

 あゆは顔を歪める。

 もう立っているのもやっとの状態だった。

 体は傷だらけ、お腹には深い傷がある。だいぶ出血もしていて、クラクラしてきた。

 その姿を見ていられなくて、ゆりあが叫ぶ。

「もうやめなよ! 私のことは放っておけばいいだろっ」

 どこか辛そうな、悲しげな表情で見つめるゆりあ。彼女に向かってあゆは優しく微笑みかける。

「ゆりあ……おまえ、もうわかってるんだろ?

 本当は何が欲しかったか。

 取り戻したいだろ、本当の自分を、ありのままのおまえを!」

 あゆは最後の力を振り絞り、ゆりあのもとへ走り出す。

「しまったっ」

 油断していた悪魔が、あゆを止めようと追いかける。

 しかし、あゆの速度は増していき、一瞬でゆりあの目の前に辿り着いた。

「ゆりあ、おまえはそのままで綺麗だ」

 あゆが微笑みかける。

 その言葉は、不思議とゆりあの心に入り込んでくる。

 あたたかい――

 心の鎖が外れる音が聞こえる。

 なんだ、本当はこんなに軽かったんだ。

 今までどんだけ重いもの背負ってたんだろ、私。

 そうだ、そうだね。私どこで間違っちゃったのかな……。

 答えはこんなにも簡単なことだったのに。

 一瞬、ゆりあの口の端が上がった。

 あゆはその手に持つ白い剣で、ゆりあの心臓を貫いた。

 強く輝く白い光に包まれたゆりあは、光と共にその場から姿を消していった。

 それと同時に悪魔は奇声を上げ、細かな灰となり散っていく。

「終わった……」

 あゆがその場に崩れ落ちる。

 もう限界だった。

 あゆに駆け寄ってきたチワが、重症のあゆを見て取り乱す。

「あゆ! しっかりしろ!」

 オロオロとあゆの周りをチョロチョロ走り回るチワ。

「私がお手伝いしましょうか」

 突然暗闇から声が聞こえた。

 チワが警戒し、辺りの気配を探る。

 声の主が暗闇から姿を現した。

 チワの大きな目がさらに大きく開き、その人物を凝視する。

「あなたは……」

 チワの視線の先にいたのは、あゆの担任の須藤だった。

 遠くからその様子を眺めていた京夜は、ちょうどリンゴを食べ終えたところだった。

「ふん、あの魔族そうとうカスだな、使えない。

 ――にしてもあの男、誰だ?」

 暗くて顔がよく見えない。

 現れたとき気配がなかった……。人間じゃない、魔族か、それとも。

 どちらにしても、ただ者じゃない。

 男はあゆを介抱しているようだった。

 まあ、あゆが死んでは楽しみがなくなるので都合がいい。

 男の存在は気になるが、長居してこちらに気づかれるのも厄介だ。

「……また楽しませてくれよ、あゆ」

 京夜はニヤッと笑うと、暗闇の中へ消えていった。

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